新年も明けて程無いある日、「たのも〜、たのも〜!」とクラブこけしの戸を叩く者がいた。
誰だろうと出てきたオーナーが目にしたのは、風呂敷包を背負い込んだ小柄なこけし娘であった。
「これはこれは可愛らしい・・・、おや?まさか君は!」
「ふふ、気付かれましたね。私、山尾家から『武治』の銘を背負いやってまいりましたよ!」
『山尾武治』は戦前活躍した秋保のこけし工人で、彼を高く評価する収集家は少なくないという。
大して勉強もしていないため、その作を実は良くは知らないオーナーなのだが、
その割に盲目的に凄い工人さんだと思っているのがこの『山尾武治』である。
「やはり!あの『山尾家』のお方でしたか・・・しかし、いまいちオーラが無いような・・・。
お肌もまだ若々しい感じだし、本当に武治氏の娘さんかな?」
「よく知りもしないのに勝手なことを!この証拠をごらんなさい!」
タケニ背中
くるりと回ったこけし娘の背には確かに『山尾武治作』と書き込まれている。
「う―む、確かにそうなのであるが・・・、ちょっと待っていてくれるかな。」
そう言いバイブルのこけし辞典をめくるオーナーを見ると、彼女は罰の悪そうな表情になる。
「なるほど、君の親御さんは武治氏ではなく、その娘の昭子(あきこ)さんであるな!」
タケニ完全一致
「・・・ご名答だわ、私オーナー様をどうやら見くびっていたようです。」
「フフフ、私も収集歴足掛け6年。今や“匂い”と言うものを感じるのだよ!」
「流石でございます。ばれてしまった上はやむなし。私、これにて失礼いた・・。」
「まあ待ちなさい。何だか名探偵気分で機嫌も良いことだし、ウチに来るが良い!」
「え?!良いんですか!?(棒読み)」
「うむ。ついては源氏名を付けてあげよう、“タケジ”という訳にもいかないから・・・、
武治(ニセ)ということで、“タケニ”ちゃんとしようではないか!」
「タケニか・・何か釈然としないけど、当初の目標は達成だわ!よろしくお願いいたします!」
オーナーのこけしプライドを上手くくすぐったタケニの、概ね作戦通りの顛末であった。
つづく
タケニ
○渾名:タケニ(遠刈田系)
○工人:山尾昭子
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あからさまに別の作者の名が記されているのは何だか珍しい気もしますが、
あくまで武治ブランドだということを重視した表現なのでしょうか。
勉強不足で武治氏のこけしがどんな感じが良く知らないのは事実ですが、
この昭子氏の作は大変可愛らしいと思っており、どうせなら昭子氏のサインでほしかった程です。