前回の続き、『揚輝荘』後にしたオーナーとベンガラは名古屋市内の他のレトロ洋館を巡ることとした。
ベンガラはその辺に詳しい様で、ガイドとしてオーナーに色々説明をしてくれた。
まず訪れたのは『二葉館』。国の文化財にも登録された近代洋風の建物である。
名古屋ステンドグラス1
「ここは“日本の女優第一号”の川上貞奴(さだやっこ)と“電力王”福沢桃介の嘗ての住居ですよ!」
「はー、“女優第一号”に“電力王”かね。住人の響きもステンドグラスも派手であるのう。」
「当時ステンドグラスは富の象徴、かつ住人の先進性もアピールしていたのですよ。ベベン!」
「お金持ちでハイカラというわけかね。何とも羨ましい。」
名古屋ステンドグラス2
次に訪れたのは『撞木館』。和館部分と洋館部分が繋がったかつての住宅建築である。
「ここは輸出陶磁器商、井元為三郎の住宅です。日本のみならずアメリカにも店を構えた大商人です!」
「またお金持ちではないか。よほどのお金持ちでないとこういう家には住めんのかね?」
「もちろん。そうでなければ当時これだけのステンドグラスをあしらえません。」
名古屋ステンドグラス3
「これまた羨ましいのう。私も今からでも頑張ればこんな家に住める人になれるであろうか?」
「館の主は豪放磊落な人柄だったといいます。オーナーもその辺が身に付けばもしかしたら、」
そんなやり取りをしつつベンガラの写真を撮るオーナーに、撞木館の気さくなスタッフが話しかけてきた。
「あらかわいいこけしちゃん。東北のかしら?」
「えっ・・あうっ、はい、ええと山形のやつで・・なんか、ちょ恥ずかし、・・・えへ、えへへ・・」
こそこそと撮影していた虚を付かれ、ドギマギ&モジモジする彼には豪放磊落のかけらもなかった。
「だめだこりゃ、ハ~ベベン!」
ベンガラのため息のようなべべンが高らかに響き渡るのであった。
つづく
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人をもてなす洋館ないし洋間がある住居というのは当時の成功者のステータスだったようですね。
ステンドグラスもその当時やっと国産化された最新技術、つまりハイカラの象徴だったのです。
撞木館のステンドグラスのモチーフはつがいの青い鳥。何とも可愛らしいものです。
余談ですが、写真2枚目の『撞木館』の格子窓の交差部分。
目の錯覚で白い点が浮かんでは消えますね!なんか気持ちわる!