その日、クラブこけしに“アオネ”という猫顔の色っぽいこけし娘がやってきた。
昨年末、遠刈田温泉でクラブこけしのオーナーから店への熱烈スカウトを受けていた娘である。
「アオネと言います。オーナーの熱烈なラブコールを受けやってまいりました。皆様よろしくお願いします。」
それを聞いて面白くないのは同郷の先輩“茶がま”(28話77話ほか)であった。
アオネと茶がま
「ようこそアオネちゃん。いかり肩の割に可愛らしいお名前ね。」
アオネも店に同郷の先輩がいることは聞き知っている。
「どうも茶がま姉さん。姉さんも男受けしそうな素敵なお服ですこと!」
オホホホと二人は笑いあうが、火花が飛んでいることは誰の目にも明らかである。
「アオネちゃんは団子鼻ね。私みたいな綺麗な割れ鼻よりも殿方に好まれるのかしらねぇ。」
「姉さまの頭のボッチだってチャーミングですよ!そういう一見邪魔なものがオーナーもお気に入りとか。」
「旦那様(オーナー)はあなたのどこがそんなお気に召されたのかしらねぇ。」
「やだ姉さん、考える程の事じゃないですよ!若さや美しさというのは直感で伝わるものですよ!」
勝った様に笑うアオネに、イライラの限界を超えた茶がまは、とうとうストレートにボソッと言う。
「下半身デブ。」
「え!?茶がま姉さん?今何て?」
「だから『下半身デブ』って言ったのよ!ちょっとあなた、若さにかまけて気を抜いてるんじゃなくて?」
確かにアオネの胴の下側はやんわりと膨らみをもっている。
「ね、姉さん、私が密かに気にしていることを・・・。」
その場はアオネが意気消沈する形で茶がまに軍配が上がった様である。
その後も二人のやり取りはちょくちょく店で見られ、皆からは案外仲が良いのではと思われているらしい。
つづく
アオネ
○渾名:アオネ(遠刈田系)
○工人:佐藤忠
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付けたし部分少し長く、かつちょっと専門的になるかもで前もってすいません。
青根温泉の佐藤忠工人の作(みやぎ蔵王こけし館で購入)ですが、段のある肩に「あれ?」と。
遠刈田はなで肩こけしが主のはずが、これはむしろ鳴子や肘折系統の形をしています。
それにこの顔立ちの猫っぽさはなんとも肘折・・・、運七系列・・・?
とりわけあの以前話題になったらしい肘折の藤五郎作という古こけしみたいな猫顔・・・。
これは何かあるな?!と思い、そこでまず忠工人の父である佐藤菊治工人の作を、
雑誌等で何本か見るのですが、そういった型は見当たりません。
おかしいなぁと思い、こけし辞典や他の資料で菊治工人の身辺を探ると・・・いたっ!!
肘折の工人で菊治工人の兄弟弟子、そして青根出身『鈴木幸之助』工人(運七系列)です。
この目の書き方と手柄の細かさ、間違いないと思われます。
今回のこのこけしは忠工人の挽く『鈴木幸之助』型だったのです!・・・たぶん。
ご存じの方にとって「何を当たり前の」と思うかもしれませんが、
私のつたないこけ嗅覚で、ここに辿り着けた事にとても満足したという話でございます。
肘折の遺伝子が時を超え遠刈田で返り咲くとは何とも面白いものです。