年の瀬のある日、大層可憐で儚げな表情のこけし娘がクラブこけしの前をふらふらと歩いていた。
彼女は生まれつき底の座りが悪く、ふらついてしまうのだが本人いたって元気で健康である。
「ああ、何だかお腹が空いたわ。あら、『クラブこけし』?飲食店かしら。まだやってるかしら?」
彼女はふらふらと店に入ると声をかけた。
「あのー・・・おそば一つだけ・・・お願いできますか?」
おそばとママ
店にいたもっふんママはその一連を見て慌てだす。
「もふ!?この平成の世に『一杯のかけ蕎麦』・・・なんて不憫な子!しかもふらついて!」
「いえ、あの・・・これは元々・・・あと単にお腹が・・・」
「めし炊きちゃん!まんさくちゃん!すぐにかけ蕎麦作ったげて!おそばちゃん、今まで辛かったわね!」
「“おそばちゃん”?いえ・・あの私・・・ちゃんと名前が・・・、あとできれば月見・・・・。」
彼女の儚げな表情は何故か憐憫の情を誘う様で、そのふらつきや年の瀬であること、そして蕎麦一杯
という印象深いオーダーで渾名まで決めつけられたおそば。最早ママの勘違いは止まらない。
「おそばちゃん、ここに留まるもふ。ウチも家計は苦しいけど、我が家だと思ってちょうだい!」
ママは本家『一杯のかけ蕎麦』の話を思い出しつつ涙すら流し始めた。
「ちょっとまったぁ!!」
そこに突然割って入ってきたのは久しぶりの登場、
クラブこけしオーナーの愛人でこけしのモデル事務所を経営するその人であった。
愛人も既に思い込みから涙を流している。
「おそばちゃん!可憐で儚げなあなたはウチの方が合っているわ!私の事務所にいらっしゃい!」
「もふ!久しぶりの愛人さん・・・そうもふか。それなら私も安心もふ。おそばちゃん、幸せになるもふよ。」
「・・・あ、あの、私、もう“おそば”なんですね・・・ええと・・・はい・・・。」
そんなに自分は不憫に見えるのだろうかと疑問に思いつつ、
かけ蕎麦を食べ終えると愛人と共に店を後にしたおそば、2015年の瀬の出来事であった。
つづく
おそば
○渾名:おそば(遠刈田系)
○工人:我妻市助
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一杯のかけ蕎麦』、季節柄か今更懐かしくも切ない話を思い出しました。
我妻市助のこけし、現在家で最もマニアックな一本と思っています。
なぜ切ないイメージをこのこけしに抱くのかというと・・・
我妻市助:昭和19年戦死 享年24歳・・・!
もうこの一文だけで涙物の工人さんなのです。
あまりにも早くに父を亡くしたこのこけしの儚げな笑顔が切なくてしょうがありません。
大事にいたします。

というわけで本年最後でございました。
本ブログお付き合い下さった方々、どうもありがとうございます。
皆様良いお年を!