前話(108話)で多兵衛の嫁の存在を知り、未だ立ち直れないキンゾウ(70話ほか)。
「あいつに嫁が・・・。まあ・・でもあの無骨者の事、よほどのオカメコンチに違いない・・・。」
失礼な想像で多少気を取り直したキンゾウ。ふと気付くと近くでこけし娘が立ち話をしている。
クラブこけしにメイクアップ講座に来ていた“ササ子(105話)”と見知らぬ美人こけし娘であった。
ノブとササ子
「あら~、ノブちゃん、残念だったわねぇ。もうちょっと早ければねぇ。」
「いいんですよササ子さん。今度モデル事務所の方でも講座に来て下さいね。」
美人はどうやらオーナーの愛人が経営するモデル事務所所属の娘らしい。二人を見てキンゾウは思う。
(失礼だが、多兵衛の嫁もきっとササ子さんみたいな人だろう。しかしもう一人はなんと美人な・・・。)
完全にツボを付かれたキンゾウは、“ノブ”と呼ばれた美人に話しかけに行く。
「これはこれはお姉さん、メイクアップ講座に遅刻されましたか。なんなら私とお茶でも・・・。」
「あら違うのよキンゾウちゃん、ノブさんはお弁当を届けに来たのよ。でもすれ違いでね。」
「そうなんです。主人がお弁当を忘れていきまして、ここに集荷で寄ると聞いていたので。」
「主人・・・!?集荷・・・!?ま・・・まさか、あなたのような美人が・・・!?」
「そんな美人だなんて!ありがとうございます。多兵衛の家内です。良かったらお弁当食べませんか?」
キンゾウはブルブルと震え、様々な感情が込み上げると涙を流し始めた。
「あらヤダ何、キンゾウちゃん、そんなにお弁当うれしいの?よかったわねぇノブちゃん。」
「すいません。今日は主人は無理そうなので。キンゾウさん、美味しくなかったら残して下さいね。」
弁当を受け取ったキンゾウは涙を流しながら弁当を食べ始める。
「・・・うまい!グスッ。うまい・・・ズズズ・・・チ、チクショウ!」
「あらあら、手料理が久しぶりでよほどうれしいのねキンゾウちゃん。しっかり食べてね。」
「お恥ずかしいです。でもありがとうございますキンゾウさん。」
そう言うと二人の娘はその場を後にし、残るは涙の止まらないキンゾウであった。
陰で見ていたオーナーも流石にこれには涙をし、キンゾウの幸せを祈るのであった。
つづく
ノブ
○渾名:ノブ(津軽系)
○工人:佐藤信
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何とも女性工人の作らしいやさしい顔立ちです。
私にとってもこのこけしの顔立ちはツボで、一目惚れでした。
が、胴底のサインは、『善二妻 さとう信』とあります。
夫を立てるなんと奥ゆかしい、そして主張あるサイン。
前話の善二作の『多兵衛』と夫婦にするより他ありませんでした。
私もキンゾウ同様少しくやしい気持ちです。